お侍様 小劇場
 extra

    “ほのかな予兆?” 〜寵猫抄より


去年もこのくらい暑かったかなぁ。
毎年毎年、
記録更新だの観測史上最高だの、
どっかで言ってるような気もしますよねと。
さすがにこの暑さとそれから、実は暑いのに弱い七郎次なのでと、
節電温度に気を配りつつも、エアコンをかけているリビングにて。
秋の配刊本への打ち合わせとそれから、
お盆前のご挨拶にとおいでになった林田さんとの差し向かい、
風味よく煮出した冷たい麦茶をお出ししつつ、
このところ、
大人は必ず話題にする“酷暑”のお話なぞ交わしてみたり。

 「節電は関係ないだろうというほどに、
  今年は倒れる人も多いような気がしませんか?」

 「そうなんですよね。」

むしろ、節電節電言い出したのと同時、
熱中症対策もあちこちで話題にしている機会が多かったのだから、
皆様、例年以上に気をつけてらっしゃったはずですのにねと。
若い人や鍛えている人まで倒れている現状へ、
由々しきことよと眉を寄せていたものの、

 「ところで……久蔵くんは どしました?」
 「え? あれ?」

こちらへ伺っておきながら、
島谷せんせえとまだお顔を合わせていない林田さんなのは、
推敲を終えたらという段階に入っておいでなので
邪魔をしちゃいけないと心得ての待機なのだが。
ならば…と いつもだったら七郎次さんと二人一組、
いやさ、林田さんには仔猫にしか見えぬので一人と一匹で、
話相手になってくださる愛らしい仔猫様。
当然のことながら、言葉を交わすということはないが、
そりゃあ愛らしい態度や仕草で構ってくれるのが何よりの癒し。
ふわんふわんのキャラメル色の毛玉のようなおチビさんが
小さな身をよいちょよいちょと懸命に弾ませ、
ててててて……と転がるように駈けてくるだけで。
口許や頬へ笑みが浮かび、胸元がきゅうと擽られるところは、
七郎次といい勝負かも知れない“久蔵くんシンパシィ”の林田さん。
姿が見えないままなのを、さすがに気に留めておいでだったようで。
今日はまだ姿を見ておりませんがと訊いてみせれば、
片やの七郎次さんはといや、

 「またか…。」

小声でそうと呟いたものの、
はい?と林田さんが視線を上げれば、
いやいや何でもありませんと言葉を濁しかけ…たものの、

 「いえね。
  あの子、どれほどお元気なものか、
  このところ、気がつくと見回した何処にも居ない状態なときが多くって。」

 「おやまあ。」

もしかしてお外でしょかと、
少々眉をひそめ、
片側のお眼々を開眼してまで、案じて見せる林田さんへ、

 「それが、そういうときも少なくなくて。」

犬や猫って人よりも涼しいところを探せるとは聞きますが、
エアコンをかけていてもというのはどうなんでしょうね、と。
他にも何か、家の中より外がいい要因でもあるものかを、
こそりと案じていなさったらしいこと、漏らしたのだが。

 「なに、単に元気が有り余っとるだけだろうさ。」
 「あ、せんせえ。」
 「勘兵衛様。」

彼らの会話が聞こえていたか、
刳り貫きとなっている入り口から ぬうと入って来たそのまま、
そんな言いようをなさったのは、当家の御主。
執筆時だけ掛けておいでの眼鏡を外しつつ、
手にしていた薄茶のクラフト封筒を差し出す彼なのへ、

 「お預かり致します。」

大切そうに押しいただき、
収められてある原稿を取り出すと確認に入った林田さんであり。

 「お茶、お淹れしますね?」

こちらさんもまた“お疲れさまでした”と微笑いかけ、
愛想よく振る舞う七郎次であったものの、
キッチンへと向かいかかる彼の手元をさりげなく、
手と手が当たったような何げなさにて捕まえると、

 「久蔵なら、書斎に間近い庭におった。」
 「あれ。」

原稿の仕上げ、推敲も終えて
ふと窓の外を見たおりに視野に入ったらしく、

 「何か足元を探しておったから。」
 「あ、じゃあクロちゃんですね。」

小声の会話は素早くも短くて。
わざわざ立ち止まりもしてはないという手短さの中、
刹那のうちに交わされており。
それでなくとも原稿の枚数や順番を見、
内容をザッと流し読みという作業に集中していた林田さんは、
気づいてもなかったようだったけれど。

 “そういえば……。”




     ◇◇


 「それでは確かにお預かりしました。」

海外からの取材情報の出入りや何やもあってのこと、
出版社自体は、微妙に休みではないけれど。
そちらは通例から、印刷や搬送部門の会社が一斉に盆休みに入る関係で、
ずんと前倒しで原稿をお願いしたその反動。
次の原稿に関わる云々、
秋に入るまではお邪魔する必要もなくなってしまったことになり。
あ〜あ、久蔵ちゃんには逢えなかったかと、
玄関先にてお暇間をしつつ、
ややもすると残念そうになさってた林田さんだったが、

 「みゃうにゃ♪」

 「お」「あら」「おおvv」

愛らしいお声が立っての、
門柱までのアプローチの半ばほど
飛び石の上へひょいと飛び出して来た影があり。
たかたかトコトコと、寸の足らない四肢を弾ませ、
玄関へ向け、掛けて来た小さな影こそは、

 「久蔵くんだ。お久しゅう♪」
 「みゃうにゃvv」

すぐの足元まで辿り着くと、前足上げてのよいちょとじゃれつく姿も愛らしい、
そんな仔猫さんへと見る見る相好を崩した林田さんであり。
屈み込んで手を延べれば、
嫌がりも逃げもせず、大人しく抱っこされるのもいつもと同じ。

 「九月まで逢えないかと思ったぞ?」
 「みゅう?」

相手は小さな小さな仔猫さん、
それでもかっくりこと小首を傾げるところは
まるで言葉が通じているかのようで。
小さなお口をぱかりと開け、にゃ〜んと愛くるしいお声で鳴いたところなぞ、
それはボクにも残念だにゃんと、お話を合わせてくれているようでもあり。
そうかそうかと嬉しそうに微笑った林田さんだったのへは、
島谷せんせえも七郎次さんも釣られて吹き出してしまったほど。

 「それでは、お暇間いたします。」

柔らかで小さな存在、
抱っこ出来たことで 十分満喫致しましたと言わんばかり。
満面の笑顔のまんま、小さな仔猫を七郎次の手へと譲って、
ではではと会釈をし、お帰りになった編集さん。
暑い中だから、タクシーを呼ぼうかと言ったのだが、
大通りで捕まえますよと微笑っておいでの若い衆であり。
それでも門柱のところで姿が見えなくなるまでを見送ってのさて。

 「久蔵、何処行ってたんだい?」

七郎次が文字通りの頭上から、
頬をくっつけた幼子の金の髪は相当に熱くなっていて。
これは結構な時間を外に居たってことにならないか?と、
怪訝そうに眉をひそめてしまったが、

 「それよりも、あのちびスケはどうした、久蔵。」
 「あ、そうだった。」

ついつい ほっと安堵したもんで、うっかり忘れてしまいかけてた七郎次、
勘兵衛からのお声で我に返ると、
もっと小さいあの子は何処だ、姿がないぞと辺りを見回す。
久蔵坊やも“にゃあにゃあにゃあ”としきりに声を立てるところを見ると、
彼なりに捜し回ってたらしく、

 「小さいのに闊達ですよね。」
 「それと、小さいから想いも拠らぬところへ もぐり込めもしよう。」

覚えておらぬか、
久蔵も、下駄箱の中だの荒ゴミに出しかけていた段ボール箱の中だの、
意外なところへ もぐり込んでおったろがと。
そちらは懐かしいことを思い出したらしい勘兵衛らしく。

 「儂はこっちを回ってみよう。」

書斎に間近いところに笹の薮が連なっているが、その陰かも知れぬと、
中庭へ向かいかかった御主様。
だが、その足をつと止めると、

 「お主は、まずは居間へゆけ。」
 「はい?」
 「一旦涼んでからだ。」

そうと言い、七郎次の懐ろへ抱えられた仔猫さまの髪へと、
大きな手のひらをぽふんと載せる。

 「このように熱いのだ、冷まさねばの。」

それと…と、わざわざ言いまではしなかった彼だが、

 “あ…。”

暑さに弱い秘書殿だから、
続けざまに外にいては障りはせぬかと、
案じても下さったらしくって。
このくらいの短時間でどうなるというほども弱くはないが、
せっかくのお心遣いは正直嬉しく、

 「…はい。涼んでから、そう、物干しのほうへ回ってみますね。」

にこりと頬笑み、玄関のほうへと足を運ぶことにする。
どこか、そう、幼い子供のようなレベルでの気遣いなのが、
だがだが、それでも彼には慣れぬものだと思えば、
無下には出来ないから困りもの。
案外と そこまで読んでらっしゃるのかも?
いやいや それはなかろうに…などと、
浮かれたあれこれを思いつつ、
だがだが、上がり框のところで、懐ろから先にぴょいっと飛び降りて、
靴下の裏、お座なりにこしこしとマットに擦り付け
そのままお廊下をたたたっと駆けてった仔猫なのに気がつくと。

 「あ、これ久蔵。」

このところは雨も降っておらずで、
駆けてった坊やの足跡も残らずの廊下だし。
さほど汚れてもなかろうから、神経質になることもないかなと、
声を掛けつつも、強く引き留めることもないかと思い直しはしたものの、

 “そういえば、クロちゃんが来てからだよな。”

ここんところ、
自分の視野から久蔵が居なくなってる間合いが随分と増えたなぁと、
七郎次は ふと思う。
そりゃあ、これまでだとて、
朝から晩までの おはようからおやすみまで、
四六時中ぴったりと一緒に居ることを徹底していた訳じゃあない。
ご飯の支度に入れば、
キッチンは危ないからと幼児用の仕切り戸をセットして、
絶対に入っちゃダメだよと躾けをした結果。
当初は戸口で にゃうみゃあと、
構って構ってと切なげに鳴いていたものが、
最近ようやっと、
リビングで大人しく一人遊びをしてくれるようになってはいたし。
洗濯物を干し出す間なぞ、
いつの間にやら庭のどこかへ身をひそめ、
やや強引な“隠れんぼ”へ持ち込むことも しばしばじゃああったけれど。

 “そういうのって、
  完全にどこかへ行ってしまうってのじゃあなかったものな。”

どう言えばいいものか、
名を呼ぶよりももっと密なもの、
振り向けば届くような、気配は察し合ってるような、
そんな“距離感”というか、
同じ空間にいるまんまだよという意識をし合っていたものが。
このところは あのおチビさんという遊び相手を優先し、
どこ行った何処どこと キョロキョロ見回し、
相手を探す必要が出るほどに、
七郎次の視野の内という至近から、あっさり外へ出てってるような。

 “まあ、そういうのも成長じゃああるんだろうけれど。”

あれ? もしかして私がいなくとも久蔵の方は平気なのかな?と、
そうだと気づいた途端に何やら つきんと胸を突かれたような気がして。

 「…………え?」

これってもしかして…疎外感?
と、思った途端、寂しさみたいなものを感じるとは。
自分の狭量さを思わぬ角度から見せられたような気さえして、

 「いかんいかん。」

慌ててかぶりを振ったおっ母様だったりし。

 「にゃうみぃ?」
 「あ、ごめんごめん。」

今行くからと、廊下を進む七郎次の足元、
よくよく磨かれた焦げ茶の床板の上に落ちてた彼の影から、
ちゃんと見てなきゃ判らなかっただろう、
小さな陰が…枝分かれして すすすっと逃げた。
漆喰の壁を通り抜け、刃にも似た和蘭の葉の茂みを揺らした先、
かささっと出て来たのは小さなトカゲで。
淡い茶の肌、昼下がりの生ぬるい温気に光らせて、
何処ぞかへ潜り込もうとしたものか、
飛び石の狭間、熱砂の上を駆け始めたが、

  ―― それを見据えた金の双眸

それは素早くトカゲのような何物かを掻っ攫い、
さわわがささと、笹の葉を鳴らして遠のいてゆく。
石畳には千切れた尻尾の先が、
空しくも ひくひくと震えるばかり…。





 「なぁうvv」
 「あ、クロちゃん、そんなトコにいたんだ。」

無邪気なお声で沓脱石の陰からお顔を出した、
小さな小さな黒猫の仔猫さん。
丁度探しに行こうとしてたんだよと、
掃き出し窓をからりと開けて、
腕を延べた七郎次にあっさり抱えられたおちびさんは、
鈴のような金の双眸、ぱちくり瞬かせると、
なぁごと幼いお声で鳴いたのでした。




   〜Fine〜  2011.08.13.


  *お呑気に構えてられない展開になりそうなので、
   (つか、やっと方向が定まったので)
   それにしては導入だけという短かさですが、
   取り急ぎ、書いただけをUPです。
   ついでに拍手お礼にと先日あげた小話も、
   確かお読みになれぬ方がいらっしゃったと
   記憶しておりましたので、
   
こちらからも読めるよう、収納させていただきました。

   はてさて、どうなることなやら?(うふふふ…)

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